札幌地方裁判所 昭和41年(ワ)290号 判決 1967年12月07日
原告 渡辺満
右訴訟代理人弁護士 杉之原舜一
被告 フジ交通株式会社
右代表者代表取締役 光安又吉
被告 熊谷国光
被告等訴訟代理人弁護士 馬見州一
主文
被告等は原告に対して連帯して金八七、六二八円及びこれに対する昭和四一年四月七日から右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求は、これを棄却する。
訴訟費用は、これを四分しその三を原告の負担としその余を被告等の負担とする。
この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は「被告等は原告に対し連帯して金三四六、三七八円及びこれに対する昭和四一年四月七日から右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告等の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として
一、被告フジ交通株式会社(以下被告会社と略称する)は、一般乗用旅客の自動車運送を事業とする会社であり被告熊谷は、昭和四一年二月一三日現在、被告会社に、その事業用自動車の運転手として雇傭されていた。
二、原告は、昭和四一年二月一三日午後五時五〇分頃、自家用自動車を運転し札幌市北二三条西五丁目市電停留所手前に差しかかったがその際右停留所に電車が停車し客が乗降中であったため一旦停止していたところ、客を乗せて被告会社の業務を遂行中の被告熊谷が原告と反対方向から進行して来てUターンし電車軌道上に立往生した。そこで被告熊谷は連続してクラクションを鳴らしてその進路にある原告の前進を促したが、原告より「電車の客が乗降中であるのに馬鹿ではないか」と注意された。
三、その直後、原告の自動車が同市北二四条西三丁目路上に差しかかった時、被告熊谷の運転する自動車の割込み停車によって進路を妨害されたため、停車するのやむなきに至ったところ同被告は自車より飛び出すと共に、やにわに原告の自動車のドアを開け同人の衿首をつかんで車外に引きずり出し「馬鹿とは何だ」と詰めより危害を加えかねまじき気勢を示した。そこで原告は、同乗の訴外平野三喜郎、同永山信二に至急警察に通報するよう指示したところ右被告は逃げようとして自車の運転台に戻ったため原告はそのドアに手をかけ発進を止めようとしたが、右被告はドアを閉じ原告の左手をはさみ、よって左手挫傷の傷害を与えた。
四、その上、原告が被告車のエンジンキーをひねって漸やくエンジンを止めたところ、右被告は下車して原告の顔面を数回殴打し、よって全治一〇日間の顔面挫傷の傷害を与えた。
五、更に、原告が右被告車の前方に立ってその発進を止めようとしたところ、右被告はこれを発進させ原告をそのボンネットの上に、はね上げたまま約一〇〇メートル走り原告を振り落して逃走した。
右被告は、右暴行により原告に対し多大の恐怖感を与えると共に、同人をボンネットより振り落した事によって原告の背広・ワイシャツ各一着防寒靴一足を破損し使用に耐えなくした。
六、以上の暴行傷害により原告は、治療費、タクシー代として各々三、一〇八円、六、二七〇円合計金九、三七八円を出費せざるを得ない事になり又、背広、ワイシャツ及び防寒靴の破損によって各々三〇、〇〇〇円、二、〇〇〇円及び五、〇〇〇円合計金三七、〇〇〇円の財産的価値を失い、結局物的損害として四六、三七八円の損害を蒙った。
更に、本件被告熊谷の理不尽な暴行傷害により受けた多大の精神的損害を慰藉するには、金三〇〇、〇〇〇円が相当である。
七、本件暴行傷害行為は、被告熊谷が被告会社の事業を執行するにつきなしたものであるから被告会社も使用者として本件損害賠償の責に任ずべきであり、結局、原告は、不法行為に基づき被告等に対して連帯して金三四六、三七八円及びこれに対する弁済期の経過後である昭和四一年四月七日から支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める、と述べ、抗弁事実を否認し、
証拠≪省略≫
被告等訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め請求原因中、第一項の事実を認め、同第二項の事実中、市電停留所において原告の車が停車していた所へ被告熊谷がUターンして来たとの事実を否認し、その余の事実を認め同第三項中右被告が原告車のドアを開け原告の衿首をつかんで車外へひきずり出したとの事実及び同被告が車のドアを閉めて原告の左手をはさんだとの事実を否認し、その余の事実を認め、同第四項中、同被告が下車して原告の顔面を数回殴打し、よって原告に全治一〇日間の顔面挫傷を与えた事実を認め、その余の事実を否認し、同第五項の事実中一〇〇メートル位走ったとの事実を否認しその余の事実を認め、第六項の事実を否認し、
右被告の暴行傷害行為は、被告会社の事業の範囲に属するものではなく、また被告熊谷の担当する職務についてなされたものでもないから被告会社は使用者責任を負担するいわれはない旨主張し仮定抗弁として、仮に被告熊谷の暴行傷害が被告会社の事業の執行につき生じたものと認められたとしても
一、被告会社は、被傭者選任については、面接・前歴照会・身体検査等厳重な審査をなした上、本人より誓約書を差出させた上で採否を決定しており、被告熊谷についても例外ではなく履歴書・身上書を持参させて前歴を詳細に調査し厳密な面接選考をなした上で採用し、更に採用後一ヶ月間は日常業務の注意事項・就業規則等の指導教育をし乗務員必携を常時携行させると共に、勤務時には、始業及び中間の各点呼によって点検注意事項の伝達をしていた。その上、被告会社において運賃収入を上げるについて厳しかったものではない。
以上の如く、被告会社は被告熊谷の選任監督につき相当且つ充分な注意を尽していた。
二、被告熊谷は、請求原因第二項の日時場所において原告の一旦停車後にUターンしたものではなく、同被告のUターンの途中にその進路を妨害して原告が電車の後部に進出して来たものであり、かかる行為は、互譲により交通の円滑を図るという交通道徳を欠如したものと言わざるを得ず、又右被告による進行の催促に対しても馬鹿呼ばわりをした上、右被告の発進を妨げるためエンジンキーを抜き取る等、被告熊谷を挑発する行き過ぎの行為があった。
よって右挑発的行為を損害額算定の上で充分斟酌して所謂過失相殺をなすべきである。
と述べ(た。)証拠≪省略≫
理由
1、被告会社が、一般乗用旅客の自動車運送を事業とする会社であり、被告熊谷を昭和四一年二月一三日現在、被告会社にその事業用自動車の運転手として雇傭していた事実は、当事者間に争いがない。
2、原告が昭和四一年二月一三日午後五時五〇分頃自家用自動車を運転し札幌市北二三条西五丁目市電停留所手前に差しかかったとの事実、その頃客を乗せて被告会社の業務を遂行中被告熊谷が、反対方向からUターンして電車軌道上に立往生したとの事実及び停留所に電車が停車し客が乗降中であったとの事実については、当事者間に争いがない。
そこで、原告が一旦停止していたところへ被告熊谷がUターンして後続したのか右被告がUターンしているのを妨害する形で原告車が進行して来て停車したのかについて判断すると、≪証拠省略≫によれば、原告車が、市電停留所前に停車しようとした直前に被告車がUターンを開始した事実を認める事ができ(る。)≪証拠判断省略≫
更に≪証拠省略≫によれば、電車の乗降口と原告車との距離が一メートル位であって、乗降客のため、原告車は前進不能であったとの事実を認めることができ、右認定に反する被告熊谷本人の供述及び原告車から電車の乗降口まで一〇メートル以上あり、中間に他の車が停車していたと思う旨の証人平野の証言は、同永山信二の証言及び原告本人尋問の結果に照らして信用が措けず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
被告熊谷が連続してクラクションを鳴らしてその進路にある原告の前進を促したが、原告より「電車の客が乗降中であるのに馬鹿ではないか」と注意されたとの事実については、当事者間に争いがない。
3、その直後に、原告の自動車が同市北二四条西三丁目路上に差しかかった時、被告熊谷の車の割り込み停車によって進路を妨害されたため停車するのやむなきに至った事及び被告熊谷が自車より飛び出した事については、当事者間に争いがない。
ところで、原告は、被告熊谷が原告車のドアを開けて原告の衿首をつかんで車外にひきずり出した旨主張するが、≪証拠判断省略≫本件全証拠によるも、右主張を認めるに足る証拠はない。
被告熊谷が、車から降りて原告に対し「馬鹿とは何だ」と詰めより危害を加えかねまじき気勢を示し、そこで原告は、同乗の訴外平野三喜郎、同永山信二に至急警察に通報するよう指示したところ右被告が逃げようとして自車の運転台に戻ったため、原告はそのドアに手をかけ発進を止めようとしたとの事実及びその時、原告が左手に挫傷を負ったとの事実については当事者間に争いがない。
左手挫傷の傷害は、被告熊谷がドアを閉じ原告の左手をはさむ事によって与えたものであるとの主張については、原告本人尋問の結果によりこれを認める事ができ成立に争いのない甲第五号証の一記載の「原告がドアで手をはさんだそうですが、ドアにはさんだものかどうか見てないのでわからない」との被告熊谷の供述内容によるも右認定を覆すに十分でなく、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
4、エンジンキーの事が原因で被告熊谷が下車して原告の顔面を数回殴打し原告に全治一〇日間の顔面挫傷を与えたとの事実については、当事者間に争いがない。
更に原告が被告車のエンジンキーをひねって漸やくエンジンを止めたとの事実は、原告本人尋問の結果によりこれを認めることができ、右事実に関する原告が車のエンジンキーを取上げたので、かっとなってなぐったとの被告熊谷本人の供述も、キーをひねって後に取り上げたとの供述の趣旨と解しうるので、右認定と矛盾するものではなく、結局右認定に反する証拠はない。
5、原告が右被告車の前方に立ってその発進を止めようとしたところ、被告熊谷は敢てこれを発進させ原告をそのボンネットの上に、はね上げたまま走り、原告を振り落して逃走したとの事実については、当事者間に争いがない。
≪証拠省略≫によれば、ボンネット上にはね上げたままの走行距離は少くとも約一〇〇メートルである事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫
以上の暴行傷害により原告の背広・ワイシャツ各一着・防寒靴一足を破損したとの事実については、原告本人尋問の結果、これを認め、右認定に反する証拠はない。
6、原告が以上の暴行傷害のために、治療費、タクシー代として各々三、一〇八円、六、二七〇円合計金九、三七八円を出費した事実については原告本人尋問の結果並びに≪証拠省略≫によってこれを認め、右認定に反する証拠はない。
更に衣類等の損害について判断すると原告の背広・ワイシャツ及び防寒靴は仕立て価格が各々三〇、〇〇〇円、一、五〇〇円及び五、〇〇〇円であり、又本件暴行傷害事件の二、三ヶ月位前に仕立てたものである事は、原告本人尋問の結果によって認めることができ、右認定に反する証拠はない。
従って、二、三ヶ月の使用期間の存した事実を考慮すれば、背広・ワイシャツ・防塞靴の損害額は、各々一五、〇〇〇円、七五〇円、二、五〇〇円と解するのが相当である。
そこで本件被告熊谷の暴行傷害行為が被告会社の事業の執行につきなされたものと解しうるや否やにつき判断すると、抽象的一般的な暴行傷害行為それ自体は、被告等主張の如く、被告会社の事業の範囲にも、被告熊谷の担当すべき職務の内容にも属しない事は、自明であるが、右暴行傷害行為が、客観的に何等かの被告会社の事業を行うに際し被告熊谷の職務を執行する過程において行われたものと認められる場合には、使用者の事業の執行につきなされたものと解さなければならない。(最高裁判決昭和三一年一一月一日民集一〇巻一一号、一、四〇三頁参照)
ところで、被用者の不法行為が「使用者の事業の執行につき」なされたものであるか否かの判断基準を当事者の意図ないし内心に求めず被用者の行為の外形に求めること通説判例であり従って本件においても仮に被告熊谷の意図が単に原告に対し暴行脅迫を加える事にあり車両の運送について安全運転を要求ないし注意せんとする目的を持たなかったとしても(イ)本件暴行傷害行為の直接の原因が当事者のいずれが交通道徳を無視したものであるのかという自動車の運転にかかわるものである事(ロ)被告熊谷の不法行為の道具として被告会社の自動車が用いられている事、即ち、同被告は被告会社の自動車を運転して原告の進路に割り込み停車して原告の車を止めた上、ドアで原告の左手をはさみ、更に原告をボンネットの上にはねあげて走りこれを振り落した事(ハ)原告が被告車の前に立ちふさがったのに対し被告熊谷が車を発進させたのは乗客を目的地に運送する職務そのものを不当に行ったものと解される事等を考慮するならば被告熊谷の一連の暴行傷害行為は客観的には被告会社の事業を行うにつきなしたる不法行為に該当すると解するのが相当である。
そこで被告会社の被告熊谷に対する選任監督についての抗弁について判断すると被告会社は、被告熊谷を雇傭するに当って履歴書・身上書を持参させ前歴を照会した後面接選考をした上で採用し採用後、日常業務、就業規則等の指導教育をし乗務員必携を常時携行させ始業及び中間の点呼によって点検注意事項を伝達していたとの事実は、≪証拠省略≫によってこれを認め右認定に反する証拠はない。
しかしながらハイヤーの運転という公共性の強い職業においては、単に運転技術のみを問題にする事なく、遵法精神、人命尊重、安全運転への熱意理解、乗客・他車の運転手・通行人に対する謙虚な態度、些細な事で気持を動揺させない冷静さ等精神的性格的要素を充分に審査しなければ選任について相当の注意をなしたものとは解し難いところ、本件全証拠によるも被告会社において右の如き精神的性格的要素を十分に審査したものと認めるに足る証拠はない。その上抗弁第一項の事実として認められる種々の教育指導も単に概括的な訓論に過ぎないのであって十分な監督をなしていたとは認め難い。
そこで、次に過失相殺の抗弁事実について判断すると「被告熊谷は、原告の一旦停車後にUターンしたものではなく同被告のUターンの途中にその進路を妨害して原告が電車の後部に進出して来たものである」との主張については前記認定に照らして採用する事ができず、仮に右主張が真実であったとしても積雪により道幅が二メートル弱になっておりしかも電車が停車している状況において(この事実は、原告被告熊谷各本人尋問によりこれを認め右認定に反する証拠はない。)Uターンする事自体が極めて無謀運転であって原告に行き過ぎがあったものとは、認められない。
次に被告熊谷による進行の催促に対して原告が馬鹿呼ばわりした事実については当事者間に争いがないが前記認定によれば原告車は、前進不能の状態にあったのであり被告熊谷が無謀なUターンをして来て前進を促したのに対し馬鹿呼ばわりしたのは、確かに言葉使いに慎しみを欠いた憾みがあるが、過失相殺として損害額算定上消極的要素として斟酌するまでもないと認められる。
更に原告が被告熊谷の発進を妨げるためエンジンキーを抜き取ったとの事実については、証人永山信二の証言及び被告熊谷本人尋問の結果によってこれを認めることができ、右認定に反する原告本人尋問の結果は、前記証拠に照らして信用できず他に右認定を覆すに足る証拠はない。
以上の諸事実に基き原告の精神的損害を算定すれば、原告が被告車のエンジンキーを抜き取ったという行き過ぎを消極的要素として斟酌して原告の精神的損害を慰藉するに足る金額は、金六〇、〇〇〇円と解するのが相当である。
なお、物的損害は、主としてボンネットより振り落された時に生じたものであるが、エンジンキーを抜き取る行為がボンネットより振り落とす行為に原因を与える等損害の発生に寄与したものとは解されないから、物的損害について、右抜き取り行為を過失相殺として斟酌するのは、相当でないものと認める。
よって原告の請求のうち被告等に対して連帯して金八七、六二八円及びこれに対する弁済期の経過後である昭和四一年四月七日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める部分は、正当であるからこれを認容することとしその余は失当であるから棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条及び第九三条仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 辻三雄)